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2005年 01月 09日
ブログを渡り歩いてたら、不思議な日本語に遭遇しました。 ”PLASMA電視の討論か僕は嫌う意味です” 会社の生活と言うタイトルのブログです。 日本語を勉強中の人みたい。中国人の友人に書かれている中国語の翻訳を お願いしたら、”これ?何のことか判らない”・・・え? どうやら、”プラズマテレビについての議論は興味がない”、ということらしい。 その下の文がさらに秀逸で、”黄身チャーハンの次に白身チャーハンが出てきて 頭に来た”と言うことらしい(たぶん)。確かに意味判らない。 ”PLASMA電視の討論か僕は嫌う意味です” リズムがいい。意味を何通りにでも意訳できる文章構成の幅の広さ。日本人では こんな文章は作れません。意味が幾重にも重なってモザイク状の解釈を与えて、 読んだ人間にとらえどころのないインスピレーションの源塊を残す。 解釈に失敗した色盲のテストのような。 ヨーロッパではリルケやランボーのように意味を解体しようとした詩が多くあるが(フェネガンズ・ウェイクとか)、日本人の詩人では知らない。知らないだけかも。 もしかしたら、何にでも意味づけをしようとする日本人には向かないのかもしれない。濃密なコミュニケーションを過ごしてきた日本人にとって解釈の失敗は許されない、と言うことか。 白身チャーハンと黄身チャーハンにも驚かせられる。きっと事実は全く違うことなのだろうけど、どんなものか想像つくようでつかない。理解できそうで理解できない。無理矢理の解釈は安心を与えるけど、心の底でそれは危うい物であることを知ってる。安部公房が見た、説明だけの夢にも似ている。 きっとcalbeeさん本人は真面目に書いている。ちゃかしてるつもりは全くない。僕なりに真面目に受け止めている。 社会人に成り立ての頃、アトリエの先輩と議論したことを思い出した。フンコロガシの糞は芸術作品か否か、だ。本人(フンコロガシ)にとってはただの繭だが、それを見る人(解釈者)にとって、すばらしい完璧な球であると感じれば芸術作品ではないのか、と言うのが僕の立場だった(途中省略)。彼のこの文もそれと同じだと思う。 僕にインスピレーションを与えてくれた彼に感謝する。謝謝。 |
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